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鳥取地方裁判所 昭和48年(ワ)133号 判決

原告 小谷節子

右法定代理人親権者兼原告 小谷健太郎

右同 小谷幸子

右原告ら訴訟代理人弁護士 松本光寿

被告 倉吉市

右代表者市長 小谷善高

右訴訟代理人弁護士 山桝博

主文

一  被告は、原告小谷節子に対し金一四六八万円、原告小谷健太郎に対し金二〇六万円、原告小谷幸子に対し金五〇万円および右各金員に対する昭和四八年五月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その四を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告小谷節子に対し金二三〇〇万円、同小谷健太郎に対し金四七〇万円、同小谷幸子に対し金二〇〇万円および右各金員に対する昭和四八年五月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は小谷健太郎(以下「原告健太郎」という。)、原告小谷幸子(以下「原告幸子」という。)夫婦の三女である原告小谷節子(昭和四四年二月二日生まれ、以下「原告節子」という。)は、昭和四八年五月一〇日午前一一時二〇分ころ、倉吉市仲ノ町所在の打吹公園において、通園中の国府町立第三保育園が同町立栃本児童館と共催で実施した親子遠足の際、同公園内で飼育観覧に供されていた月の輪熊に右上肢を咬断された。

2  責任原因

(一) 右月の輪熊飼育舎(以下「本件熊舎」という。)は、被告が設置・管理する公の営造物であり、本件事故の発生は、次に述べるような右熊舎の設置・管理の瑕疵によって発生した。

(ア) 本件熊舎は、一般人に常時無料公開されている打吹公園内にいくつか設置されている動物飼育舎のうちの一つで、本件事故当時、本件熊舎は、ブロック造りの寝小屋二室と、その南側に接続している運動場で高さ四メートルの鉄柵で覆われた檻の部分(檻の鉄パイプ間隔は一〇センチメートル)から成っており、檻の正面部(南側)および東西両側面部の三方に、檻とは別に、檻から一・七五メートルの間隔をおいて、高さ一・〇二メートルの外柵(高さ一二センチメートルのコンクリート基礎の上に九〇センチメートルの鉄柵を設置したもの)が設けられ、外柵の鉄パイプの間隔は約一三センチメートルであった。檻の東側の、外柵が切れるあたりには、長さ三・二五メートルの鉄パイプを地上三〇センチメートルとそこからさらに上方向三九センチメートルの個所に各一本ずつ水平にとりつけた立入禁止柵が設けられていた。

(イ) 本件熊舎の東側のブロック壁に外柵が接している部分は、外柵の鉄パイプの間隔が広く、鉄柵とブロック壁との間に幅二八センチメートル、高さ七四センチメートルの広い隙間が残され、右隙間部分は、檻の鉄柵と近いところで二六センチメートル、遠いところで四六センチメートルしか離れておらず、外柵のうちで檻に最も近い位置にあたっていた。そこで、その位置から手をのばして熊に餌をやろうとすれば、檻の鉄パイプの間隔(約一〇センチメートル)から差し出される熊の手に引っかけられることも十分ありうる位置関係にあった。

(ウ) 右外柵部分は、一般人が自由に立入りできる観覧場所ではなかったが、右(イ)の立入禁止柵は、その中間に縦方向の一本の支柱がある他には縦方向のパイプが全くないため、幼児に対しては立入禁止柵としての機能を果たさず、幼児はこれを容易にくぐり抜け、奥部に立入り、右(イ)の外柵隙間部分から檻内の熊に手を引っかけられる位置に立つことができた。

(エ) 一般人が常時自由に出入りできる公園内で、熊のように観覧者に危害を加える危険性が極めて強い猛獣を飼育し、観覧に供するためには、公園の設置管理者である被告は、観覧者が熊に危害を加えられる位置に接近しえないような、あるいは接近しえても熊の手、口等が外部に届かないような構造をもって、熊舎を設置・管理すべきである。

(オ) しかるに、本件熊舎は幼児が容易に熊の手の届く位置に接近しうる構造となっていたから右熊舎の設置・管理には国賠法二条一項所定の瑕疵があった。

(カ) 原告節子は、前記(ア)の立入禁止柵をくぐり抜け、その奥に立入り、前記(イ)の隙間部分から身を乗り出して熊に餌をやろうとして、熊の爪で袖のあたりを引っかけられて外柵の内側に引き込まれ、右腕を咬断されたのであるから、本件事故は前記瑕疵と因果関係がある。

(二) 本件熊舎の管理にあたっていた被告倉吉市経済部商工課の担当職員には前記(一)(エ)の設置・管理上の注意義務があり、本件事故は右注意義務違反の過失によって生じたので、被告には国賠法一条一項所定の責任がある。

3  損害

(一) 原告節子     三〇〇〇万円

(A) 原告節子の本件事故による損害は、これをすべて非財産的損害と考えるべきであり、これを金銭で評価すれば三〇〇〇万円を下らない。

(B) 原告節子の損害を従来の伝統的方式で算出してみても、次のとおり合計三〇〇〇万円を下らない。

(1) 逸失利益    一三〇〇万円

原告節子は、本件事故当時四歳の健康な女子で、本件事故により一上肢を肘関節以上で失い、その労働能力喪失率は九二パーセントであるから、その逸失利益は昭和四八年度の賃金センサスによる女子労働者の平均収入である八四万五三〇〇円に四歳児のホフマン係数一六・六九五および右〇・九二を乗じた一三〇〇万円となる。

(2) 慰藉料     一七〇〇万円

(ア) 傷害・入通院分  二〇〇万円

原告節子は、本件事故により、多大の肉体的精神的苦痛を被り、入院治療一か月、通院治療約一年を余儀なくされた。その苦痛は二〇〇万円をもって慰藉されなければならない。

(イ) 後遺障害分等  一五〇〇万円

一上肢を肘関節以上で失うことは自賠責保険後遺障害等級の四級に該当し、右四級の保険金額は、昭和四四年一二月一日から昭和四八年一一月三〇日まで三四三万円、同年一二月一日から昭和五〇年六月三〇日まで六八七万円、同年七月一日から現在まで一〇三〇万円である。慰藉料が不当に低額であったことが反省されるに至っていることを考慮すれば現在の基準を参考とすべきであって、過去の基準によるべきではない。

片腕を失ったことは女性の容姿にとって著しいマイナスである。したがって、女子の外貌に著しい醜状を残す後遺症が自賠責保険後遺障害等級の七級に該当し、その慰藉料が六二七万円であることを考慮に入れて、慰藉料算定をなすべきである。

以上の外、女子の賃金センサスが男子に比し低額であること、原告節子が前途春秋に富む者で、本件障害により、今後はかりしれない不利益を被ること等を考慮すると、後遺障害等による慰藉料は一五〇〇万円を下らない。

(二) 原告幸子      二〇〇万円

原告幸子にとって、愛児である原告節子が本件事故により右腕を失うという重大な障害を負い、一生不具の身で過ごさざるをえないことに対する母親としての精神的苦痛は甚大であり、その慰藉料は二〇〇万円を下らない。

(三) 原告健太郎     四七〇万円

(1) 慰藉料      二〇〇万円

原告健太郎は節子の父親で、その精神的苦痛に対する慰藉料は母幸子と同様二〇〇万円を下らない。

(2) 弁護士費用    二七〇万円

原告健太郎は、本件訴訟の弁護士費用として二七〇万円を支払う契約をした。

4  結論

よって、被告に対し国賠法二条一項または一条一項に基づき、原告節子は前記3(一)記載の損害の一部である二三〇〇万円、原告幸子は同3(二)記載の損害二〇〇万円、原告健太郎は同3(三)記載の損害四七〇万円および右各金員に対する事故発生の日の翌日である昭和四八年五月一一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。同2(一)のうち、本件熊舎が被告の設置・管理する営造物であること、同(ア)および(イ)前段の本件熊舎の構造に関する事実ならびにその設置・管理に瑕疵のあったことは認める。同3は争う。

2  原告節子が本件事故当時健康な女子で、本件事故により右上肢を失ったことは認めるが、その逸失利益は七二二万七六五〇円、慰藉料は四三六万七〇〇〇円が相当である。すなわち、原告節子の労働能力喪失率は、将来の機能訓練および職業選択による障害の克服を考慮すれば、五〇パーセント以下と認定されるべきで、昭和四八年度の賃金センサスによる女子労働者の年間平均収入は八一万七七〇〇円であり、満四歳のホフマン係数は一七・六七八であるから、その逸失利益は右を乗じた七二二万七六五〇円が相当である。

また、入院治療一か月、通院治療約一年の慰藉料は、日弁連交通事故相談センターの損害額算定基準(昭和四九年版)によれば、重症の場合で九三万七〇〇〇円であり、後遺障害等級四級の慰藉料は、事故当時の政府の自賠保障事業損害査定基準によれば、三四三万円で、原告節子の慰藉料は右金額合計四三六万七〇〇〇円が相当である。

三  抗弁

1  本件事故は次のような原告節子および同幸子の重大な過失によって生じたので、損害額の算定につきこれを斟酌すべく、本件事故発生についての責の大半は右原告らの過失に帰せられるべきである。

2  本件熊舎の状況は請求原因2(一)(ア)のとおりであるが、被告は、安全対策として、さらに、檻正面部および東西両側面部の三方の檻と外柵との間に水をためて池とし、檻に近づくことができないようにしている。右檻は、人が故意に檻内に肢体の一部を挿入しないかぎり熊が人体の一部を捉えることができないように構築されている。

3(一)  原告節子は、檻東側外柵の北端の横にある請求原因2(一)(ア)の立入禁止柵を越えて、飼育舎と遊び場の接続部分に近寄り、そこから檻の中に右手を入れたため、その手を咬まれて本件事故が発生した。

(二) 原告節子は事故当時四歳で責任無能力者であったが、右行為は、責任能力と無関係に客観的に評価すれば、極めて危険な行為で、自ら進んで事故を招いた自傷行為といえる。そして、過失相殺においては、責任無能力者の行為についてもこれを純客観的に評価し、過失ある行為として斟酌されるべきである。

4  原告幸子は、原告節子の監護者として、親子遠足に参加し、本件事故が発生した当時は自由時間中で、節子に対する全監督責任を委ねられていた。したがって原告幸子は、原告節子のような幼児については突飛な行動をとり、不測の事故が発生する危険が常時存在するのであるから、そのような事故が発生しないよう終始監督し、原告節子が前記立入禁止柵内に立入らないように注意すべき義務があったにもかかわらず、右注意義務を怠り、前記3(一)の原告節子の行動を防止しなかった過失がある。

四  抗弁に対する認否

1  原告幸子に過失があったことは否認する。抗弁2の事実中、檻が故意に檻内に肢体の一部を挿入しないかぎり熊が人体の一部を捉えることができないように構築されていた事実は否認し、その余は認める。同3(一)のうち、原告節子が檻の中に右手を入れたため本件事故が発生したことは否認し、その余は認める。同4のうち、原告幸子が節子の監護者として親子遠足に参加し、本件事故発生当時自由時間であったことは認めるがその余は争う。

2  本件熊舎の瑕疵は、原告幸子のごとき一般利用者には予見不可能であった。本件熊舎の瑕疵は、高度の注意義務を課せられている被告ですら予見することができなかったものであって、打吹公園において熊を一般観覧に供して以降一七年間無事故であったことは、それだけ本件熊舎の安全性に対する世人の信頼を強め、ひいては監護の無過失を根拠づけるものである。

3  原告幸子は、本件事故当時、同人に要求される注意義務を尽くしていた。本件事故直前、原告幸子は、他の親子遠足の父兄と同様、園児を自由にほぼ目の届く範囲内で遊ばせており、原告節子の動静に気を配っていたにもかかわらず、本件事故が発生した。公園の一般利用者は、園内の動物飼育舎の構造を信頼しており、幼児に自由に観覧させるのが通常であり、原告幸子も一般的・平均的注意を尽くしていたのである。

第三証拠《省略》

理由

一1  請求原因1の事実ならびに被告の設置・管理する営造物である本件熊舎の構造が同2(一)の(ア)および(イ)の前段のとおりであって、その設置・管理に瑕疵があったというべきものであることは当事者間に争いがなく、また、《証拠省略》と右争いのない事実によれば、請求原因2(一)の(イ)の後段および同(ウ)の事実を認めることができる。

2  本件事故発生に至るまでの経緯について検討すると、《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められる。

原告節子は、昭和四八年四月一日から、国府町立第三保育所に姉宣枝(当時満五歳)とともに通園中であったが、同保育所では、恒例の春の親子遠足が同町立栃本児童館と合同で行なわれることになり、同保育所の児童の父兄によって構成されている保護者会によって、打吹公園を行先とすることが決定され、雨天順延の後、同年五月一〇日実施された。右親子遠足実施にあたり、付添保母の数が児童数に比して少ないため、各児童には必ず保護者が同伴すべきこととされており、同伴者のいない児童は右遠足に参加できないことになっていた。そこで、原告幸子が原告節子および宣枝の保護者として参加することになり、当日の参加人数は、両保育所合わせて、園児は三四名、父兄は三一名、保母は四名であった。そして、午前一〇時三〇分ころ、打吹公園入口に到着し、第三保育所所長湊登喜子は、同公園内の遊具およびベンチのある遊園地の北方付近(検証調書添付図面B点付近)で、園児を前に、父兄をそのうしろに半円状に並ばせて、父兄に対し、保育所内にはない珍らしい遊具や動物等があるので児童の行動に十分気をつけるように注意をした上で、午後二時まで自由時間とする旨を宣し、児童を父兄に引渡した。

原告幸子は原告節子と宣枝を連れ、他の園児らとともに、公園内を一巡し、公園内の猿、熊、くじゃく等の動物を一通り見て廻った後、前記遊園地内(前記B点より南方で、検証調書添付図面C点付近)に敷物をひろげて休憩場所の用意をしながら原告節子と姉の宣枝に菓子を与え、その後節子が他の児童とともに、熊舎の正面南側付近で遊んでいることを確認したうえで、敷物の上に座り、他の付添父兄と話しをし始めた。

他方、節子は、前記熊舎正面南側付近で遊んでいたが、その後、宣枝および同行の園児福田知実とともに、熊舎東側の立入禁止柵付近へ行き、節子および福田知実は立入禁止柵の一段目と二段目の間をくぐり抜け、宣枝は右柵を乗り越えて、立入禁止柵内(北)側に入り、熊舎東側のブロック壁が外柵に接している部分付近に至り、外柵の北(外)側から、福田知実は菓子を檻の内部に投げ入れていたのに対し、節子は、同所から身を乗り出すようにして、右手のひらに菓子をのせ、直接熊に与えようとしたところ、熊舎の檻の鉄柵の間から突き出された熊の両前肢のつめに園児服の右袖付近を引っかけられ、外柵の北側からその内側へ前記請求原因2(一)(イ)の隙間部分を通して引っぱり込まれ、さらに、檻の鉄柵の間から、檻の中へ右手および身体の一部を引きずり込まれて、右腕を咬断されるに至った。

3  右認定によれば、本件事故は、本件熊舎の設置・管理の瑕疵によって生じたものであることが明らかであるから、原告らのその余の主張について判断するまでもなく、被告は右事故によって生じた損害につき賠償の責を負うべきである。

二  原告らの過失について

1  過失相殺における被害者の過失についても、その者に事理弁識の能力があることを必要とするものと解すべきところ、原告節子は、本件事故当時満四歳の幼児であって、右能力を有していたものとは認められないから、同人の過失を問うことはできない。

2  原告幸子の過失について

(一)  本件事故発生までの経緯は前記一2認定のとおりである。

(二)  本件熊舎の構造、柵の状況は前記一1のとおりであるところ、さらに、《証拠省略》によれば、打吹公園内には、北側に、東から西に順次、猿が島、本件熊舎、雛舎、小動物舎が設置されていて、猿が島と本件熊舎との間には段差があり、熊舎の方が少し高くなっていて、間には樹木等が繁っているうえ、立入禁止柵の北側には何も観覧に供すべきものがないため、いかにも立入禁止柵付近は行止まりであるとの感を一般観覧客にいだかせること、原告幸子が休憩した地点(前記C点付近)から立入禁止柵付近までは約四四メートルで、その間は広場になっていて障害物はなく、右地点から立入禁止柵付近を見通せば、同所における幼児の行動状況を観取することが可能であることが認められる。

(三)  以上の事実を前提として、原告幸子の注意義務について考えてみる。

(1) 前記の当事者間に争いのない熊舎の状況によれば、本件熊舎檻および檻から一・七五メートル間隔で存在する外柵は、その三方(東西南)が、いずれも間隔一〇ないしは一三センチメートル程度の鉄製パイプで囲われ、かつ、檻と外柵との間は池となっており、外柵西側は施錠された鉄製扉であり、東側は立入禁止柵でしかも前記のとおりいかにも行止まりの観を呈しているので、本件熊舎は一見いかにも安全であるという感じを一般観覧客に対し与え、したがって、一般観覧客にとっては、右立入禁止柵が幼児に対してはその用を果たさないということ、すなわち幼児が立入禁止柵をこえ熊舎檻東側のブロック壁が外柵に接している部分付近に至り、外柵の隙間部分において檻の鉄柵の間から突き出された熊の前肢のつめに身体あるいは衣服の一部を引っかけられる危険があることを予見することは、非常に困難であったと認められる。したがって、原告幸子には、本件熊舎に存する前記瑕疵を具体的に認識することは期待しがたいところであったと考えられる。

(2) しかし、前記本件事故発生に至るまでの経緯によれば、節子は立入禁止柵をくぐり抜け、一般観覧客の立入らない前記ブロック壁と外柵とが接する地点付近に立入って本件事故に遭ったのであるから、原告幸子としては、節子が立入禁止柵内(北)側に立入った段階において、本件事故発生の危険をある程度予測できたはずであり、その時点で節子の行動に気付き、それ以上の行動に出ることを制止したならば、本件事故発生を防止できたものと考えられる。ところで、前記のとおり、原告幸子は、当日、節子の監護者として親子遠足に参加したもので、親子遠足においては、保母四名に対し園児三四名で保母の数に比し園児数が多いうえ、保育所内部と違って、保母の監督の目がゆき届かない公園内であるから、保母の監督能力には限界があり、しかも、本件事故当時は自由時間内で、父兄は児童の引渡を受け、その行動につき第一次的責任を負う立場にいたことを考慮すれば、節子の前記行動を認識制止すべき注意義務を負っていたのは原告幸子であると認められる。

そして、公園が一般観覧の用に供されている公共の施設であるとはいえ、節子のごとき幼児は、大人が考えつかないような行動をとる可能性が常に存在し、しかも、大人に対しては安全である施設が幼児に対しては危険性を有するということがありうるのであるから、公園内の施設が、幼児の自由な単独行動に対してもまったく安全であるということは必ずしも期待できず、公園内においても、原告幸子の監督義務がなくなると考えることはできない。

そうすると、原告幸子は絶えず節子の身辺に付き添うということまではしなくとも、少なくとも同人の行動に常に気を配り、同人がどこで何をしているかを常時認識しているべき注意義務があったと考えられ、前記のとおり幸子のいた地点付近から事故発生現場までの見通しはよく、節子の行動を迅速に制御できる距離関係にあったと認められるのであるから、右注意義務を尽くしていれば節子の行動に気付きこれを制止できたと認められ、したがって、原告幸子には右注意義務違反があり、これが事故発生の一因となったものと考えられる。この点に関し、原告らは、幸子が節子の動静に常に気を配っていたにもかかわらず本件事故が発生した旨主張し、原告幸子の本人尋問中には、節子から目を離したことはないが一瞬のすきに本件事故が発生した旨の供述がある。しかし、節子が熊舎正面南側から東側に行き、さらに立入禁止柵をくぐり抜けて事故発生場所まで至り、熊に菓子を与えるまでにはかなりの時間的間隔があり、瞬時のできごととは考えられないので、右供述は信用できない。

(3) そして、原告幸子の過失割合は、諸般の事情を考慮すれば二割と認めるのが相当である。すなわち、本件事故は主として立入禁止柵および檻東側ブロック壁が外柵と接する部分の瑕疵によって生じたもので、一般観客としては右瑕疵に気付くことおよび右瑕疵に対応した行動をとることが非常に困難であって、しかも、公園内の施設は一般に、安全であると信頼されており、公園の設置者としては、右信頼に応ずる義務があること、原告幸子は、節子の行動に全く無関心であったのではなく、節子から一時目を離し、他の父兄との話しに気をとられているすきに本件事故が生じたもので、そのことは、節子ら三名の園児が本件立入禁止柵内部に立入ったことに気付いた父兄が一人もいないことからもうかがえること等を考慮すれば、その過失の程度は被告の主張するほどに重大なものではないというべきである。

三  原告らの損害について判断する。

1  原告節子    合計一四六八万円

(一)  逸失利益      六六八万円

原告節子が、本件事故当時、満四歳の健康な女子で、本件事故により肘関節以上で右上肢を失ったことは当事者間に争いがない。右欠損は、政府の自動車損害賠償保障事業損害てん補基準別表Ⅰの第四級の四に該当し、同別表Ⅱによれば、その労働能力喪失率は九二パーセントである。しかし、原告節子が幼少であることを考慮すれば、将来、機能訓練や職業選択によって、ある程度、右障害を克服することが可能であると考えられるので、その労働能力喪失率は六〇パーセントと認定すべきである。そして、同別表Ⅳによれば、原告節子は、少なくとも年間七八万八四〇〇円の収入を得られたものと認められるので、同別表Ⅲの満四歳のホフマン係数一七・六七八を乗じた八三六万二四〇一円(一円未満切捨)となる。ところが、原告幸子には前記の過失があり、原告節子の損害についても監護者たる母幸子の過失を考慮すべきであるから、その逸失利益は六六八万円(一万円未満切捨)が相当である。

(二)  慰藉料       八〇〇万円

原告幸子本人尋問の結果によれば、原告節子は本件事故により二三日間入院し、約六か月間通院したことが認められる。そして、節子が右上肢を失ったことによって、将来、学業、就職、結婚その他の社会生活において様々の不利益を被ることは予想に難くない。さらに、幼少時に熊に右上肢を咬断されたという本件事故の特殊性および原告幸子の前記過失を合わせ考慮すると原告節子の慰藉料は、傷害自体に対するものと後遺障害に対するものとを合わせて、八〇〇万円が相当である。

なお、原告らは、損害のすべてを非財産的損害として一括して評価すべき旨を主張するが、このような観点に立っても、本件における右損害の評価にあたっては、右のような諸要因を考慮すべく、これによって認容しうる金額は、右に算定した逸失利益と慰藉料との合計額を超えるものではないというべきである。

2  原告幸子        五〇万円

同原告は、節子の傷害によりその死にも比肩すべき苦痛を受けているものと認められるから、母たる立場において慰藉料を請求しうるものというべきであり、その額は同人の前記過失を考慮すれば五〇万円が相当である。

3  原告健太郎    合計二〇六万円

(一)  同原告の父としての慰藉料も右と同様に五〇万円が相当である。

(二)  弁論の全趣旨によれば、同原告は、他の原告らの請求をも含めて本訴請求につき弁護士費用を支払うべき立場にあるものと推認され、その額は一五六万円が相当である。

四  以上の次第で、原告らの請求は、節子は一四六八万円、幸子は五〇万円、健太郎は二〇六万円および右各金員に対する事故発生の日の後である昭和四八年五月一一日から完済まで年五分の割合の金員の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからいずれもこれを棄却し、訴訟費用につき民訴法九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田宏 裁判官 秋山規雄 梶陽子)

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